子育てしやすいまちとして、近年は子育て世帯の転入が進み、小学生の数が急増している愛知県長久手市。住民の平均年齢が38.6歳と全国の市町村の中で最も若く、日本一若いまちとしても話題です。子どもも高齢者も世代を超えて混ざり合いながら暮らす地域での子育て、そしてまちづくり。長久手市の𠮷田一平市長は、教育や福祉の現場での経験を生かし、独自の取り組みを打ち出しています。中部電力の栗林と奥村がインタビューをおこない、市長の熱い思いをうかがいました。
商社マンから長久手市長へ「遠回りを楽しむまち」をつくる
ー 𠮷田一平市長は市長就任前から、地域の福祉に貢献されてきました。まずは、ご経歴をお聴かせください。
かつて私は商社に勤めるモーレツサラリーマンとして、ビジネスの最前線にいました。しかしあるとき、病にかかりしばらく会社を休むことに。思いがけず立ち止まる機会を得たことで、ふとまちを見渡してみると、便利さや快適さと引き換えに田んぼは埋め立てられ、かつての広大な森がなくなりつつあった。変わりつつあるまちの姿を目のあたりにした私は、このまちがなくしてしまった雑木林やご近所付き合いを、もう一度復活させたいと思うようになりました。
その第一歩として長久手に開園したのが、森の中にある幼稚園です。子どもたちには絵を描いたり、字を習ったりというプログラムに縛られることなく、とにかく今この瞬間が楽しい、生きているのはこんなに楽しいのだと感じる経験をさせたいという思いを込めました。
森で過ごす子どもの様子を穏やかに語る市長
ー その後、取り組みはどのような広がりを見せたのでしょうか。
幼稚園の隣には、世代を超えてまちの人が集える古民家を移築し、高齢者のボランティアの方に子どもたちを見守ってもらうようにお願いをしました。
そこでの経験から、高齢者にとって重要なことは、サービスを受けられる場所を提供するのではなく「自分が主役だ」と思える役割や居場所をつくることだと考え、その後は一つの雑木林の中に高齢者ホーム、看護福祉専門学校、多世代交流住宅などを開設しました。これらの施設をまとめて「ゴジカラ村」と呼んでいます。
ー 市長に就任された今、目指すまちのあり方とはどのような姿でしょうか。
幼稚園の開園から始まった取り組みは、さまざまな年代やバックグラウンドをもった人が混ざり合いながら共存するコミュニティへと広がっていきました。
大切なことは「わずらわしさ」を受け入れ、遠回りを楽しむこと。市長になった今も変わらず、それが私の信念です。
市長室に掲げられた、市長自筆の書
長久手市民が主導となる「行政が何もかもしない」まちづくり
ー 長久手市の子育て世帯についての現状と、子育て支援の取り組みをお聴かせください。
2015年の人口増加率が全国6位だった長久手市は、特に子育て世帯の転入が顕著で、それに伴って小学生の数も増加しています。共稼ぎ世帯が増えていますので、放課後児童クラブ(※1)や学童保育所に対するニーズも高まっています。
小学生数は2010年から約600人増加し、就学前児童数も増加傾向にあることから、今後も小学生数は増加するとみられる
子育て支援のベースとなっているのは「長久手市教育大綱」です。自然共生、地域共存、多様性尊重という3つの柱が核となっており、この3本柱は市長になる以前から私が一貫して取り組んできたことでもあります。
人が人らしくあるための教育理念を語る市長
例えば、小学校区ごとに整備を進めている地域共生ステーション(※2)もその一つです。すでに開設済みの学区では、子育てサロンなど、まちの人同士が相談しながらさまざまな取り組みがおこなわれています。
大切なことは、早く画一的なものをつくることではありません。その地域に住んでいる人たちがどうしたいか、どこにつくるか、誰が運営するかという部分から話し合い、考え、時間をかけて少しずつ築き上げていくことです。
(※1)放課後に保護者が留守の家庭の児童を保護者に代わって預かる施設。
(※2)市民、市民団体、事業者、行政などがそれぞれの地域で気軽に集い、語らい、地域の課題解決に取り組む拠点。既存の空き店舗などを活用して小学校区ごとに整備を進めている施設。
ー 長久手は多世代が交流しながら住民主導でつくり上げるまちですが、子どもへの影響はいかがでしょうか。
私は長久手市を「わずらわしい」まちにしたいと思っています。市長就任当初から「行政は何もかもしません」と言っているように、住民自らが相談し、決められるまちにしたい。もちろん、まちにはいろいろな価値観の人がいるので話し合えば必ずもめる。でも、もめることが何より大切だと私は考えます。
子育てに関しても同じです。哲学者ルソーが「子どもを不幸にする一番確実な方法は、いつでも何でも手に入れられるようにしてやること」と語っているように、行政や先生が何でもしてくれる環境で育った子どもは、社会の課題に立ち向かえないのではないでしょうか。これからの時代は「わずらわしい」まちの中で、生きる力を育むべきではないかと思うのです。
「行政では助けきれない」と住民参加を訴える
ー 「小1の壁」という言葉が話題になっていますが、小学生の放課後問題についてはどのような方針で進めていますでしょうか。
放課後の受け入れ先としては、放課後児童クラブや学童保育所が挙げられますが、その他にも例えば地域共生ステーションなどでは市民の方が定期的に子どもたちの宿題教室をやられていると聴いています。小学生と地域の方が共存しながら交わり、時間を共にする中で、例えば高齢者の知恵が子どもたちには有益であり、また子どもと遊ぶことで高齢者も元気になるといったような、お互いに「たつせがある」状態になっていくのだと思います。この「たつせがある」というのは「立つ瀬がない」の対義語で、一人ひとりに役割と居場所がある、つまり「立つ瀬がある」という意味をもつ長久手独自の造語です。
ご近所付き合い、助け合いで長久手を住みやすいまちに
ー 市長への取材の前にコミュニティデザイナーの山崎亮さんと、長久手市で子育てをするお母さん、お父さんと座談会をおこないました。そこで挙がった意見の中に、市外から転入した核家族が地元の方と交わる機会を増やしてほしいという声がありました。
まさに今お話しした地域共生ステーションが、今後その役割を担っていくと期待しています。すでに運用を開始している西小学校区や市が洞小学校区では、学校帰りの子どもたちが大勢集まり、高齢者を含めて幅広い世代の方が垣根なく交流しています。
さらに北小学校区、南小学校区でも現在設置へ向けて住民のワークショップなどの取り組みが進められています。
ー いろいろな教育方針をもった教育施設が増えるとうれしいという意見もありました。その点について市長のお考えをお聴かせください。
公立の保育園や学校などの方針、しくみを変えるには、時間がかかるかもしれません。その点、長久手市では民間の保育園が続々と参入するなど、多様な受け入れ先が増えていると感じます。行政としては、特定の民間施設やサービスにスポットをあてて情報を提供することは難しい面もありますので、地域共生ステーションや地元の方が集まる場などで、ぜひ積極的に情報交換をしていただければと思います。
2013年から民間保育園が増え始め、今では民間が関わる保育園・幼稚園が全体の半数以上を占める
ー 子どもが自転車に乗れる場所、ボール遊びができる場所がもっと増えるとよいという声も挙がりました。
長久手市が目指すのは、そういった個々の要望や願いについて、隣近所の方とコミュニケーションをとりながら地域ごとのルールをつくり、譲り合い、助け合いながら暮らすまちです。例えば災害時などには、そういった常日頃から構築しているご近所付き合いの関係性が、必ず強みになるはずです。
遠回りでも「自分たちの手」で長久手をつくる
ー 今後、民間企業に期待することはどのような点でしょうか。
長久手市では「まちづくり まずは笑顔で こんにちは」という標語を掲げて挨拶の大切さを訴えています。ぜひ民間企業の方々にも、地元の方と積極的に挨拶を交わしていただきたい。いくら第一線で活躍しているビジネスパーソンの方でも、リタイヤすれば地域の一住民です。お客さまや取引先に笑顔を振りまくだけではなく、ぜひ地域の方とも笑顔で挨拶を交わすことから、地域共存について考えていただきたいと感じます。
標語が書かれたオレンジベストは市長のトレードマーク
ー 我々のような企業が地域コミュニティに参加するために、挨拶以外にもヒントがあれば教えていただきたいです。(栗林)
私は常々生活者が暮らす「時間に追われない国」と、企業人が暮らす「時間に追われる国」の違いを説いてきました。その中で「時間に追われる国」の特徴の一つに、数値の世界という点があります。数値で評価しない生活者の視点、価値観を取り入れることこそが、まちとのつながりを生む第一歩なのではないでしょうか。
生活者が暮らす場所の価値観と企業人が暮らす場所の価値観は真逆
「𠮷田市長の考えは海外の先進地域と似ている」と栗林
ー 確かに建物や設備など、目に見える部分にばかり意識を向けていてはいけないということを改めて感じます。(奥村)
例えば長久手市では、2022年度の開業を目指して、スタジオジブリのテーマパークの建設が予定されています。その構想が進むにつれて、いかにビジネスチャンスにつなげるか、便利な施設にするかということに注目が集まりがちですが、私は市内の来訪者が行き交う道路や周辺河川の緑化を進め、遠回りになるけれど大きな木陰の下を歩きながら会場へ向かうワクワク感を伝えたい。
また、長久手市では市民主導の運営を目指して、リニモテラス公益施設(仮称)の設計を考えています。ここは、従来の建築物のようにゼネコンなどに任せるのではなく、地域の人や子どもたちが集まって一緒につくり上げていく場所にしたい。一気に完璧なものをつくる必要はないのです。10年、15年と時間をかけてみんなでつくることで、子どもたちが成長して大人になったときにも、きっと愛着のある場所になるはずです。
効率を重視すると楽しさが減ってしまうと気づいた奥村
ー 子どもたちに残す未来のまちづくりのために、必要なことをお聴かせください。
まちづくりやコミュニティづくりは、時間をかけた方がよい。スピードを重視し、早く進めようとすると住民にとっては「誰かに与えられたもの」になってしまい、必ず綻びが出てきてしまうものです。
超高齢化、大災害、人口の減少。今のまま進めば、2050年までに社会は大変な局面を迎えることでしょう。だからこそ従来のような、間違いなく安全なものを効率的に完成させるという常識を180度変えて、目に見えないものを大事にしながら自分たちの手でまちをつくっていく。
企業の価値観なら完成が求められますが、まちづくりには永遠に完成しないもの。遠回りでもいい、失敗してもいい。そういう「わずらわしさ」を積み重ねる過程こそが、人づくりであり、社会問題を乗り越える地域の底力につながるのではないでしょうか。
𠮷田市長の考えに驚かされっぱなしだった栗林と奥村
Profile

1946年長久手村生まれ。商社マンとして15年勤めた後、1981年学校法人吉田学園「愛知たいよう幼稚園」設立。その後、雑木林の保存や多世代交流の場づくりなど地域づくりに携わる中で、高齢者向けの福祉施設や自然幼稚園、看護福祉専門学校などが一体となった「ゴジカラ村」を設置。2011年長久手町長就任、2012年市制施行に伴い、市長就任。
文:花野静恵 撮影:北川友美