※2022年7月に配信した記事を編集し、再掲載しています
暑い季節がやって来ました。この時期になると「熱中症予防に水分補給を」と、よく言われます。熱中症を予防するためには、水分だけではなく、塩分(ナトリウムやカリウム)を同時に補充する必要があります。今回は、熱中症予防のための塩分補給の重要性について解説していきます。

筆者:十河剛 (そごうつよし)
済生会横浜市東部病院小児肝臟消化器科部長。小児科専門医・指導医、肝臓専門医・指導医、消化器内視鏡専門医・指導医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター。
なぜ、塩分補給が必要?
1999年にプエルトリコで行われた実験があります。運動中、子供達をAグループとBグループにわけ、好きな時に好きなだけ水分を摂取して良いと説明しました。
Bグループ:スポーツドリンクを提供
すると、Bグループのスポーツドリンクを与えられた子供達の方がたくさんの水分をとっていました。
さらに、飲んだ量と排泄した尿の量を比べると、Aグループの子供達は、飲んだ量より尿の量の方が多かったそう。つまり、Aグループの普通の水を飲んだ子供達は、脱水が改善するどころか、むしろ脱水を進行させていることがわかりました。
汗をかくと水分と塩分が失われますが、この時に塩分を含まないお茶や水を飲むと、血液の塩分濃度が薄まります。人間の体には、血液の中の塩分濃度を一定に保とうとする働きがあります。そのため、薄まった血液を正常に戻そうとして、尿から水分を排泄して調整します。
塩分は体の中の水分を維持する機能があるため、塩分が不足すると体の中に水分を保持できません。だから、飲んだ水分以上に尿が排泄され、水分が失われてしまうのです。
また、塩分は人間の体の機能を正常に維持する働きがあります。そのため、塩分が不足すると、けいれん、意識障害を起こし、ひどいと亡くなってしまうこともあります。
熱中症の起きやすい環境は?
汗がしょっぱく感じるのは、塩分、つまり塩化ナトリウムが含まれているからです。カリウムなど、ナトリウム以外の成分も含まれています。
同じように汗をかいていても、熱中症になりやすい時、なりにくい時があります。それには、汗に含まれる塩分濃度が関係しています。
では、汗の塩分濃度は何に影響されるのでしょうか。その答えが、「発汗速度」と「暑熱馴化(しょねつじゅんか、体が暑さに慣れること)」です。
汗腺で最初につくられた汗は、ほぼ血液と同じ塩分濃度です。そして、細い管(導管)を通って皮膚から汗として分泌され、導管を通る間に塩分が血液の中に再度吸収されます。じんわりと汗をかくような状況(発汗速度が低い)では、導管でたくさんの塩分を再吸収することが出来ます。したがって、汗の中の塩分濃度は低くなります。
一方で、短い時間に大量の汗をかくような状況(発汗速度が高い)では、導管での塩分の吸収が間に合いません。十分な量の塩分を吸収する前に皮膚から汗が分泌されてしまいます。したがって、汗の中のナトリウム濃度は高くなります。
さらに、体が暑さに慣れる(暑熱順化)と、アルドステロンというホルモンの影響で、導管から塩分を再吸収する効率が上がります。したがって、暑熱馴化が進むと、汗の塩分濃度は低くなります。
つまり、まだ暑さに慣れていない時期に大量の汗をかくことがあると、汗から塩分が失われ、熱中症になりやすいのです。
子供はどれくらいの汗をかく?
2016年6月、体育の授業の45分間に、どのくらいの汗をかいたか測る実験をしました。実験に協力をしてくれたのは、私が勤務する病院の近くにある横浜市立下末吉小学校の5年生27人(男子15人、女子12人)。その日の天候はくもりで、気温は26.4℃、湿度は60%。暑さ指数(WBGT)27℃と、それほど暑い日ではありません。
それにも関わらず、かいた汗の量の平均は289.0g(男子318.3g 、女子249.2g)で、この汗の量から失われる塩分(ナトリウム)量を計算すると、梅干し1個分、みそ汁1杯分、スポーツドリンク1000ml分になります。
7月や8月のもっと暑さ指数(WBGT)の高い日であれば、さらに汗の量は増え、失われる塩分量も増えることでしょう。
毎年、5月や6月の暑い日に、「熱中症が発症した」というニュースを耳にします。まだ夏本番ではない時期に熱中症を発症するのは、体が暑さに慣れる前に、大量に汗をかくような行動をし、汗から失われた水分と塩分を補充していないためだと考えられます。
水筒の中身はスポーツドリンクを
熱中症を予防するためには、水分だけではなく、塩分(ナトリウムやカリウム)を同時に補充する必要があります。暑くて汗をたくさんかくような環境にいる時に、塩分の含まれない水やお茶などを飲み続けると、体の中の塩分と水分が不足した低ナトリウム性脱水を起こし、熱中症の原因となります。
水筒の中身は水やお茶でなく、スポーツドリンクなどのイオン飲料や経口補水液で、水分と塩分補給を行うようにしましょう。
文:十河 剛