自由と責任の意味を学ぶ!日本初の「イエナプランスクール」に潜入 ~長野県 大日向小学校 視察レポートまとめ~

自由と責任の意味を学ぶ!日本初の「イエナプランスクール」に潜入 ~長野県 大日向小学校 視察レポートまとめ~

一人ひとりの個性を尊重し、子どもの自主性をのばす教育が注目を集めています。その新たな選択肢となり得るのが「イエナプラン」。
イエナプランは、ドイツで生まれ、オランダを中心に広く普及する教育スタイルです。年齢の異なる子どもたちが一緒に学び、主体性や共生の精神を養うカリキュラムが特徴。個性を尊重する対話が重視され、従来の学校教育とは大きく異なる点があります。COE LOGでも、プロジェクトがスタートした当初からイエナプランのイベントに参加をし、この考え方に着目をしてきました。

子どもの自主性の育成、地域ぐるみの子育てのあり方、子どもの可能性を最大限に引き出すための大人の役割など、COE LOGが取り組みを続ける中で直面している課題。多様な子育て課題と向き合うための道筋を探るべく、日本初のイエナプランスクール認定校として2019年に誕生した私立「大日向小学校」を訪問しました。

公立学校の建築などを手がける設計士であり、2児のパパでもある長久手市民の久保久志さんにもご参加いただき、中部電力がさまざまな角度から先進教育の現場をレポートします。

「学校ごはん」でもてなす食堂は、まちの人との交流空間

訪れたのは、長野県南佐久郡佐久穂町。2019年4月、日本で初めてのイエナプランスクールとして開校した大日向小学校は、学園名の由来ともなっている茂来山に抱かれた、自然豊かな地にあります。

イエナプランというのは、異年齢の子どもが同じ学級で学びながら、主体性や共生の精神を養っていくという、オランダで普及している学校教育のスタイルです。大日向小学校では、フリースクールではなく、学校教育法第一条に定められた学校として、イエナプラン教育に取り組む小学校の開校を実現しました。

新築するのではなく、まちの人たちにとっても愛着のある旧校舎を活用新築するのではなく、まちの人たちにとっても愛着のある旧校舎を活用

旧佐久東小学校の校舎をリフォームした大日向小学校は、一見すると、馴染み深い一般的な小学校といった佇まい。そして門をくぐると、ランチメニューが書かれた黒板や「大日向食堂」と書かれたかわいい看板に目が留まります。案内された食堂は、天井が高く、明るい日差しが差し込む解放感いっぱいの空間。地域に開かれた食堂として一般開放しているので、佐久穂町産の食材をふんだんに使った食事を、子どもたちと一緒にまちの人たちも楽しむことができます。

テーブル席や小上がり席など思い思いの席へ。異年齢の子ども、地域の人、教員らが同じ空間でランチテーブル席や小上がり席など思い思いの席へ。異年齢の子ども、地域の人、教員らが同じ空間でランチ

大日向食堂の食事は、基本的にバイキング形式。トレーに好きな色、柄の器をのせ、自分が食べたい量、食べられる量をよそいます。教頭の宅明健太さんは「初めは取りすぎて残してしまう子がいたり、学校全体で大量の残菜が出てしまったりということもありました。しかしその状況について子どもたちと対話を繰り返すことで、自分の選択が全体の結果に影響を及ぼしている、食べ物が残るという現象に自分も関わっているのだと実感するように。子どもたちが気づきを得たことで、最近はほとんど残らなくなりました」と話してくださいました。

小学校1年生の児童も、好きな器を選び、食べられる量を考えながら盛り付ける小学校1年生の児童も、好きな器を選び、食べられる量を考えながら盛り付ける

子どもたちの好奇心を刺激。自然に動きが生まれ、輪ができる学びの環境

続いて校舎へ。エントランスを入ってすぐ、最初に案内されたのは、半円形の小上がりにカラフルなクッションが置かれ、丸テーブルを囲むようにランダムに椅子が並ぶ空間。一見、おしゃれなリビングルームのようなこの空間が、大日向小学校の職員室です。取材中も、目の前を子どもたちが往来したり、宅明さんの隣に児童が座って話しかけたりとオープンな雰囲気。

座席は決まっておらず、どこに座ってもすぐに輪ができるようなレイアウトの職員室座席は決まっておらず、どこに座ってもすぐに輪ができるようなレイアウトの職員室

職員が集う空間は子どもたちをはじめ、保護者や地域の方が気軽にぶらりと訪れることができる交流の場所であり、座っただけで自然にサークルができる造り。教職員同士の対話も生まれやすい環境になっています。

また、ここでは門に鍵を掛けたり、外部の人を遮断したりすることで安全性を確保するのではなく、まちの人が気兼ねなく訪問できるような状態を保つことで、人のつながりによってセキュリティを高めているのです。

黒板はなく、壁に掛けたり、床に置いたり、即座に移動できるホワイトボードなどを使用黒板はなく、壁に掛けたり、床に置いたり、即座に移動できるホワイトボードなどを使用

1年生〜3年生の下学年、4年生〜6年生の上学年という異年齢グループで学ぶイエナプラン。教室は空色、桃色、緑色など教室ごとに異なる色でカラフルに彩られ、従来の学校には当然のように設置されている黒板や教壇が見当たりません。教室内の前、後ろという概念をなくし、移動式のホワイトボードやプロジェクターを使うことにより、子どもたちの動きや視線に合わせて場所や角度を自在に変えながら、学びの輪ができていきます。

建築のプロフェッショナルである長久手市民の久保久志さんも「黒板や教壇がない教室の構造に衝撃を受けました。先生は縦横無尽に動き、子どもたちは棚の下に潜り込んで勉強をしたり、長椅子にランダムに座ったり。新築するのではなく、既存の学校建築を活かしながらもインテリアを工夫することで、自分たちの教育に合った空間に変化させられるということを学びました」と、学校造りの常識を覆された様子。

個人ワークの時間は、決まった席ではなく、場所もスタイルも自由個人ワークの時間は、決まった席ではなく、場所もスタイルも自由

前後が決まっていない教室では、子どもたちが自分の席で集中して学習に取り組んだり、誰かと一緒に共同で学習を進めたり、思い思いのスタイルで学んでいる点も特徴の一つです。

異年齢グループによる教科横断的な学びの中で、協働の気持ちを育む

イエナプラン教育の核となっているのが、学びのコンセプトです。午前中はブロックアワー(自立学習・基礎学習)。グループリーダー(担任教員)が、児童一人ひとりに対し、1週間を基本単位として各教科の基礎力・基本的な学習などについて課題を設定。子どもたちは、グループリーダーから示された課題と、自身が選択した内容を踏まえながら、各自で学びの進め方を計画し、達成度を自分で評価します。

「きっちりとしたルールがない中でも、時々に合わせて考えながら行動する子どもたちに感心しました」と久保さん「きっちりとしたルールがない中でも、時々に合わせて考えながら行動する子どもたちに感心しました」と久保さん

午後はワールドオリエンテーションと呼ばれる、協働学習・総合学習の時間。イエナプランにおける学習の中心的な活動です。年間で7つのテーマを設け、テーマに沿って問いかけ、経験・発見・探究、発表、記録・保管、学習経験の確認などの流れで学びを進めます。ワールドオリエンテーションでは、“子どもたちの問い”を起点として国語や算数、理科、社会、図工、音楽、家庭科などあらゆる教科単元につなげ、落とし込んでいくという教科横断的な学びの時間を重視しています。

訪問したときのテーマは「人の尊厳」について。下学年では、ある少年がロボットを買い、自分の偽物に育てていくというストーリーの絵本を糸口に、「偽物とは何か?」「今、生きている自分とは何か?」をサークルになって考え、意見を出し合っていきます。その後は個人ワークとして、一人ひとりが自分自身の内面をイラストに投影することで、人の生、自分の存在について問いなおしていく時間が設けられていました。

子どもたちは自分に見立てたイラストを描くことで、楽しみながら自分の内面と向き合う子どもたちは自分に見立てたイラストを描くことで、楽しみながら自分の内面と向き合う

COE LOG編集部の佐藤は、グループリーダーからの問いかけに力強く手を挙げる子どもの多さ、勢いに驚いたそう。「“自分を認めてほしい、自分の意見を聞いてほしい”という子どもの気持ち、自分で自分を成長させていこうという意志が伝わってきました」。

選択の自由の中で、常に判断を求められる子どもたち

グループリーダーを囲んで輪になり、活発に意見交換をする子どもたちが大半の中、ときには輪から外れて教室内で奔放に振る舞ったり、教室の外へと飛び出したりする子どもの姿も。宅明さんによると「もちろん話をして、みんなの輪に加わるように促しますが、その子なりの理由、事情があれば、無理に引き入れることはしません。教職員は個人個人をしっかり観察し、周囲に迷惑を掛けていることなどの問題点を説きます。なぜそこにいるの?と理由を問いながら、その行動に至った背景を見つめていく。その上で、最終的には子どもにどうするのか判断を委ねる、自身で選択することが大切だと考えています」とのこと。

不快な音を遮断するため、遮音用のヘッドホンをする子どもも不快な音を遮断するため、遮音用のヘッドホンをする子どもも

子どもたちの様子を目の当たりにしたCOE LOG編集部の荒木からは「子どもたちがアクセル全開で、自分のすべてを解き放っているという印象を受けました。理想的だとは思うのですが、どのように子どもたちをコントロールしているのか、もしくはあえてコントロールしていないのでしょうか」という率直な疑問も。宅明さんは「自分の“やりたい、こうでありたい”がときには人の“こうありたい”とぶつかることで、自分とは考えの違う人がいることを理解する、認めるきっかけになると考えています。ぶつかり合いながら学んでいるところです」とお話をしてくださいました。

建学の精神に絡めて、子どもたちの自由と責任についてご説明くださった宅明さん建学の精神に絡めて、子どもたちの自由と責任についてご説明くださった宅明さん

長久手市民の久保さんからは「個人の評価はどのようにしているか」という質問も。宅明さんの説明によると、年間2回、通称“わたしプレゼン”と呼ばれる評価面談を実施しているそうです。点数やランク分けをするのではなく、子ども一人ひとりが半期の自分を振り返り、保護者とグループリーダー、さらには子ども自身が選んだ学校内の教職員一人を加えた大人たちの前で成果を発表します。

ここで大切なことは、他者と比べてどうだったかではなく、一人ひとりが自己評価をでき、それを表現して伝えられるかどうか。「面談を楽しみな時間と感じられるようになってほしい」と宅明さんは話します。
大学で非常勤講師を務める久保さんは普段、学生を評価する方法に苦慮することも多いとか。「答えではなくプロセスを一緒に見返すことや、子どもたちに成果を自己評価させるという観点は、目から鱗。学校生活の中での選択、自己評価など一つひとつのアクションが自立性の育成につながっていると感じます」と教育者視点での発見もあったようです。

設計士として、また大学講師という教育者としての視点から質問を投げかける久保さん設計士として、また大学講師という教育者としての視点から質問を投げかける久保さん

中学生、小学生になる自身の子どもを山村留学させているCOE LOG編集部の佐藤は「規則やルールを守れることだけが良い大人になることではない。まさに“わたしプレゼン”のように自分を自分らしく表現できることこそが、これからの時代では求められる力であり、生きる原動力になると思う」と感想を述べました。

佐藤からは「子どもの個性を引き出すためには、一人ひとりと向き合った考え方、教育のプロセスを保護者も一緒に考えることが大切」と母親目線の感想も佐藤からは「子どもの個性を引き出すためには、一人ひとりと向き合った考え方、教育のプロセスを保護者も一緒に考えることが大切」と母親目線の感想も

さらに佐藤は、母の視点から行事のことや、保護者との情報共有、コミュニケーションの方法など、具体的な学校生活に関する質問を投げかけていました。
「母親の立場から、子どもたちには今しかできないプライスレスな時間を過ごしてほしいと切に願っています。子ども一人ひとりとしっかり向き合い、個性や能力を存分に発揮させてくれる学校であるという保護者からの信頼、学校と保護者間の意思疎通があるからこそ、安心して任せられるのだと思います」。

さらに荒木からは「イエナプラン教育で育った小学生の進路として、受け皿となり得る進学先はあるのか?」という問いも飛び出しました。宅明さんからは「2022年度には中学校の開設を計画中です。ただイエナプラン教育で育った子どもたちには、どこの高校、大学に進むかということ以上に、現状をしっかりと把握した上で人生設計をきちんとできる人になってほしい。やりたいことさえ選択、判断できれば、例えば海外やオンラインなど、達成するための手段、道は無限にあるのですから」とお答えいただきました。

続けて「この学校では、子どもたちはいつ、いかなるときも判断することを求められます。それは一見、自由を与えられているようにも思えますが、楽ではありません。しかし選択肢が与えられない窮屈さに比べたら、子どもにとっては遥かに良いこと。その証拠に、子どもたちは刻々と変化しています」と言葉を継いでくださいました。

「子どもの声が戻ってくる」と歓迎してくれた地域との信頼関係が支え

校長の桑原昌之さんは「教職員の視点からすると、一人ひとりの子どもにとって今取り組んでいることがフィットしているのかと日々、試行錯誤の連続。今はもみくちゃになって動いている感じです。初めてのことにチャレンジしているので、教職員も子どもと一緒に成長しています。子ども、保護者、まちの人、教職員。それぞれが全く違う背景を持ってここに集まってきているので、日々課題が生まれて当然です。でも子ども一人ひとりの幸せを願っているという共通の思いと、まずは挑戦してみようと思える心を持って対話を続けることが大切だと考えています」と力強く語ってくださいました。

「初年度はそれぞれがやりたいこと、点の集合体だったものを、これから線でつないでいきたい」と話す桑原さん「初年度はそれぞれがやりたいこと、点の集合体だったものを、これから線でつないでいきたい」と話す桑原さん

“社会に出れば異年齢グループが常識である”という前提の下、従来の年齢による横割りの学級編成の枠を超えることで、違いを受け入れ、助け、助けられる関係を学ぶ子どもたち。日本初のイエナプランというプロジェクトのスタートに、この地域を選んだ最大の理由について、宅明さんは「まちの人々が歓迎してくれたこと」と話します。

日本各地から佐久市などの近隣地域に移住して通学する児童が大半のため、送迎バスが用意されている日本各地から佐久市などの近隣地域に移住して通学する児童が大半のため、送迎バスが用意されている

大日向小学校が開校する数年前、児童数の減少によって廃校になっていた小学校跡地に新しい学校ができることに対して「また子どもの声が戻ってくる」、「学校がもう一度できるなんて奇跡だ!」と笑顔を見せ、最大限の協力を寄せてくれた地元の方々。子ども、保護者、教職員に地域の方を含めたあらゆる人の交わり、信頼関係の構築こそが、イエナプランという教育の可能性を広げる鍵になるのかもしれません。

Profile

久保久志さん
久保久志さん

長久手市在住8年、小学生の息子を育てる2児のパパ。東畑建築事務所の設計室主任技師として、主に公立小・中学校の設計に従事。設計ワークショップなどを通じて利用者から活動を引き出し、その活動を支えるハードを提案するなど、設計段階から使い方を踏まえたデザインを得意としている。名古屋大学、愛知工業大学、名城大学非常勤講師。

編集後記

先進的な教育を進めるうえで、子どもや保護者はもちろんですが、白紙の状態から学びを構成する先生方の苦労は計り知れないものだと感じました。学校という場所は子ども、保護者、卒業生、地域の方などさまざまな人にとって特別な場所。学校だけではなく地域社会全体で協力しながら、新しい教育の選択肢を導入し、無理のない形で継続できる枠組みが必要になってくるのかもしれません。(中部電力 荒木岳文)

文:花野静恵 撮影:松井なおみ

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